<講座の内容>
「サハリンは、耐えがたい苦痛の地です。このような土地では、自由な人間と奴隷だけが耐えることができます」。ロシアの作家・チェ-ホフ(1860~1904)が1890年3月、シベリア経由でサハリンの踏査旅行に出発する前に書いている。帝政ロシアは19世紀半ばから、移民や流刑囚をサハリンに送って開発に当たらせた。チェーホフは、流刑囚の悲惨な実情やサハリンの歴史について調べて「サハリン島」で明らかにした。その中でチェーホフは、サハリンの開発に果たした日本人の貢献を強調し、間宮林蔵の業績も評価している。
講師は1983年7月、初めてサハリンを訪れて以来、2009年7月の「チェーホフと小熊秀雄の足跡を訪ねる旅」まで計11回、サハリンを訪問している。25年にわたる調査と最新の資料を踏まえて、サハリンとチェーホフ、日本、日本人との歴史的なかかわり、近未来について語ります。
●2/13 マイ・チェーホフ--太宰治と山岸外史、村上春樹「1Q84」のことなど
●2/27 チェーホフがサハリンで出会った日本人、日本領事館
●3/13 岡田嘉子とサハリン--北緯50度線を越境して亡命を求めた女優の悲劇
●3/27 日本・サハリンの相互文化交流の先がけ--詩人・画家・アニメ作家・童話作家の小熊秀雄のこと。
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